アイドル論

最近引っ掛かっている疑問のひとつにそもそもアイドルって何?っていう問いがあります。

一週間ほど前(2/21)に最近、唐沢美帆がお気に入りと書いたのですが、ネットで彼女について調べているときに発見したサイト「TVから見るJ−POP評論」にあった彼女についての評論の中に気になる一節がありました。評論そのものは、彼女の曲「Way to Love」についてのものですが、本題とずれるので詳細については述べません。

気になったのは、最後の一節です。

彼女は、可愛いし、雰囲気としては、同じホリプロ深田恭子を思い出してしまった。新しいタイプのアイドルとして、良いのじゃないだろうか?本人は、本格的な歌手志望だと思うけど、アイドルはファンが作るものなんである。

最後の「アイドルはファンが作るものなんである」という一節に納得させられました。歌手とか女優とかタレントって言うのは自ら名乗る肩書きだけど、アイドルかどうかはファンが決めるものであって、名乗るものでは決してなく、ファンや世間がそれにふさわしい人に与える称号だと思います。

そもそも世の中で一般的な「アイドル」と「アーティスト」っていう区別自体間違っているのかなという気がします。なぜなら、「アイドル」と「アーティスト」は反義語でも何でもなくてまったく違った概念だからです。

辞書的にも「アイドル」っていうのは、憧れとか崇拝の対象であって、今の日本でいうと桑田佳祐とか宇多田ヒカルみたいな人が「アイドル」なんですよね。

そもそも、20世紀最大のアイドルはビートルズだと個人的には思っています。

そして、もうひとつ娘。系の音楽レビューをやってるサイト「風。」でも興味深い一文を見つけました。それは、新作のレビューの中の2/27の分です。

文章自体も今の娘。の現状について考察した納得させられる議論ではあると思います。で、興味をひかれたのはやはり最後の一節。
ちなみに、松浦を正統派アイドルと呼ぶのは、倒錯した呼び方であるように思われる。どう見ても彼女は際物であり、今の音楽アイドルシーンでは異端なのだから。今の日本で正統派アイドルと呼ぶべきは、宇多田ヒカル浜崎あゆみであって、松浦では決してないのではなかろうか。

これもなるほどと思った一文です。松浦亜弥はあくまで80年代アイドルへのオマージュみたいなものであって時代の本流ではない。時代の本流を走っているのは宇多田ヒカル浜崎あゆみであって彼女たちこそ真のアイドルなんでしょうね。

松浦亜弥がすごいのは、80年代アイドルを完璧に表現していることです。それが、彼女がアイドルサイボーグとかアイドルロボットとも評される所以であり、世間に支持されている理由なのだと筆者は思います。

では、市井紗耶香にはどうあって欲しいのか?

アイドルであって欲しいと思います。それも今という時代をリアルに生きるアイドルであって欲しいと・・・。

<3/2の予定>
特になし。